◆◇◆西日本新聞 97年1月23日掲載 ◆◇◆

一枚のLPレコードがある。歌手・さだまさしがグレープ時代の作「三年坂」じゃんじゃん横丁のスタンドバー「かすみ」のママ、樋渡カスミ(63)がこれを手にして二十二年が過ぎた。                   
「A面の曲をかけるとB面の曲がかかってしまうほど擦り切れちゃった」  
夫と離婚したカスミは、大学受験の長男と中学生の長女を実家のある鹿児島に残し、昭和四十八年の春、この横丁に店を構えた。            
翌年の夏、東京の大学に進んだ長男俊朗が帰省。宮崎駅に迎えに行くと俊朗が一枚のLPを携えていた。                       
「素晴しいレコードだから、大切に聞いて」俊朗への仕送り、経費を引くと手元には一ヵ月二万五千円。苦しい生活の中で、ふっとやりきれない気持ちになったとき、LPの「無縁坂」の曲にじっと耳をすませた。

忍ぶ 不忍 無縁坂 かみしめるような ささやかな僕の母の人生

何度、この歌に慰められたことだろう。「息子が私のことを歌っているようで・・・」                               
平成三年、常連の外科医が、さだの父を伴ってきた。「こんなに使ってもらって。」後日、ミニコンポ(※1)が小包で送られてきた。             
間もなく、さだ本人がやってきた。恐縮するカスミに、さだは「聴き続けてくださったお礼には足りません」と感謝した。               
三・三坪の空間には、さだの歌がいつも流れている。さだは今も、コンサートで宮崎を訪れると、ふらりと立ち寄る。                 
アパート住まいだったカスミは今、東京の大手生命保険会社に就職した俊朗が建ててくれたマイホームで暮らしている。

(敬称略)

※1:〜新聞にも載ったCDコンポ〜