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一枚のLPレコードがある。歌手・さだまさしがグレープ時代の作「三年坂」じゃんじゃん横丁のスタンドバー「かすみ」のママ、樋渡カスミ(63)がこれを手にして二十二年が過ぎた。
「A面の曲をかけるとB面の曲がかかってしまうほど擦り切れちゃった」
夫と離婚したカスミは、大学受験の長男と中学生の長女を実家のある鹿児島に残し、昭和四十八年の春、この横丁に店を構えた。
翌年の夏、東京の大学に進んだ長男俊朗が帰省。宮崎駅に迎えに行くと俊朗が一枚のLPを携えていた。
「素晴しいレコードだから、大切に聞いて」俊朗への仕送り、経費を引くと手元には一ヵ月二万五千円。苦しい生活の中で、ふっとやりきれない気持ちになったとき、LPの「無縁坂」の曲にじっと耳をすませた。
忍ぶ 不忍 無縁坂 かみしめるような ささやかな僕の母の人生
何度、この歌に慰められたことだろう。「息子が私のことを歌っているようで・・・」
平成三年、常連の外科医が、さだの父を伴ってきた。「こんなに使ってもらって。」後日、ミニコンポ(※1)が小包で送られてきた。
間もなく、さだ本人がやってきた。恐縮するカスミに、さだは「聴き続けてくださったお礼には足りません」と感謝した。
三・三坪の空間には、さだの歌がいつも流れている。さだは今も、コンサートで宮崎を訪れると、ふらりと立ち寄る。
アパート住まいだったカスミは今、東京の大手生命保険会社に就職した俊朗が建ててくれたマイホームで暮らしている。
(敬称略)
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