毎週、『毎日新聞』に好評連載中のさだまさしエッセイ集。
かすみが載りました。
宮崎にいる。「風に立つライオン」のモデルになった柴田紘一郎先生は、学会出張でお目にかかれなかった。
まず、朝一番に、リバーサイドの釜揚げうどんの店「重乃井」へ繰り出して人盛りといなりずしをたべる。その後、市内のパチンコ屋さんへ出掛けて、マッサージ機と「フリーハンド携帯電話」という謎のようなものを獲得した (資金5000円)。
いつも行く串揚げ屋の「くし幸」へ行き、名物のからすみを手に入れ、最後は柴田先生の巣、スナック「かすみ」へ収まって、長い一日を終えた。
「かすみ」を教えてくれたのは俺の親父で、柴田先生に連れられて出掛けた宮崎市内の路地裏の店。彼女が大切にしていた「三年坂」というグレープのライブアルバムはレコードで、それをすり減るほど聴きながら一緒に歌ってくれていたママさんに感動した俺の親父が、「ママ、もう、CDの時代だから」と、コンポーネントシステムを贈った。
明日は延岡ということもあって、まさか、さだが現われるはずがないと思っていたママは大喜びで迎えてくれた。
「かすみ」は9人も入ると2人立つといった小さな店で、常連さんたちは俺の顔をみるなり、笑顔で席を譲ってくれる。恐縮しながら座席に座り、ワイワイやっているうちに酔っぱらってしまった。
11月21日に発売なったばかりのさだのニューアルバム「夢唄」が、がんがんかかっているのに気づいたは暫くしてからだった。
いつもなら自分の唄が流れていたら興ざめてひとり白けるところだが、お客が歌いだすのにつられて、俺も一緒に大声で歌ってしまった。
こんな風に何の気兼ねもなく、歌えた俺がうれしかった。
ふるさとは方々にある。